ぼんやり

通勤電車の中でかくブログだった。

朝ごはん減らした効果。

 体重が落ち出してズボンが楽になった。朝ごはんから、お米を完全に抜いたのだ。

 夏が終わる頃、お米を抜き過ぎて体調が悪くなり、お米を食べた方がよいのかなと思って、三食しっかり食べ出した。そうしたところ体重が少し増えて安定していたのだけど、時間が経過するにつれ、胃が大きくなったせいか、お菓子や間食をするようになってしまった。体重はゆるやかに増えてきて安定しない。さらに毎日胃が満腹な気がしており午前からぼーっとしているような感じがあった。次から次へと消化が終わる前に食べている気がして、お腹がすいた気がしない。

 ズボンがきつくなったところで、まずいと思い朝ごはんだけほぼ食べない状態に戻したところ体重は減り出した。それに加えて食欲が落ちている。胃が小さくなったのか、なんなのか分からないけど、お菓子や間食を食べたくなくなったのだ。

 試していくと、昼と晩の二食はお米をしっかり食べて朝は食べないか、極端に軽くする方がよいようだ。実験は続く。

できないはやらなくていいこと。

 映画を見るように勧められた。たしかに話をきくと面白そうなので見に行こうかなと思う。その後、見に行っていない。やっぱり面倒くさいし、見にいくことができない。見に行かなくても問題ないから結局行かない。

 できないというのは、やらなくていいことなんじゃないか。できなくて、なんでできないんだって思わなくてよいのだ。やれる範囲でやっていこう。受け入れようできない自分を。

仕事に興味ないんです。

 秋の夜長に読書と思ったけどもう師走が迫っている。一日一日をやり過ごして時間が過ぎていく。

 仕事のことに興味がないといっている人なのに、Yahooの経済カテゴリのニュース話、経営、将来の事業モデルについて、語ってくる人がいる。大きな構造を語った後にいまの仕事や会社のことについて愚痴的な話をするのが恒例。仕事に興味がないなんて言わなければいいのになと思う。指摘すると怒りそうなので黙ってるけど、仕事に興味がないと思われたいのでしょうか。人はそれぞれの価値観を持っているので、仕事ばかりやっていようが、さぼっていようが、どうでもよいですね。

みんなで踊ろう。

 新しいことを学んでこれからはこーゆうことをやらないとだめなんだと叫ぶ人を毎年のようにみている。でも何も変わらない。過去にあったことをわざわざ伝えることもしない。

 蓄積せずに毎年のように新たな演目が生まれてそして忘れ去られていく。会社は演芸場、会社員は劇団員だ。みんなで踊ろう。お客席から見たら滑稽なんだろうね。良い子のみんなは裸だっていっちゃだめだよ。

お昼休みで外。

 お昼休みで公園のベンチに座っている。そろそろ寒くなってきたからか昼休みに外に出る人は少なくなっている。

 仕事はあいかわらずめんどくさい。でも淡々とやりたいところである。昨日プールに行ったからなのか、頭の中の思考がぐるぐるしない。朝まで起きずに眠れた。平日でも運動した方が良いのだなと思う。

朝ご飯を減らしはじめた。

 今日から朝ご飯を減らしはじめた。ここのところ胃がもたれて食べ過ぎなのかなと感じていたので。

 朝ご飯を減らしたら、夕方お腹が空いてしまった。でも余分なものは食べない。朝ご飯にお米を食べていると胃が大きくなり食欲が増していた気もする。体重が増えていくということは食べている量がやっぱり多いのだろうなと思う。しばらく朝ご飯は減らすことにしよう。

 帰りに久しぶりにプールへ行った。1時間ぐらいだけど、ただ黙々とプールの中を歩く。黙々と歩いてサウナに入ってまた歩く。なんとなくストレスが発散されたようだ。一人で何かを繰り返すことが楽しい。繰り返している時は頭の中で色々なことを考えていることが多いのだけど。

思考停止が楽。

 情報を取らないほうが楽に生きられるように思う。身の回りのこと、自分に関係することに絞って情報を取り入れる。特に人から入ってくる情報はできるだけ取らない。つまり不要なコミュニュケーションは取らないようにする。本のような自分とは関わり合いがない人が書いているものは害にならない気がする。なぜだろう。

 インターネットも検索で出てくるのは似たようなものばかり。公的機関の情報は便りがいがあるけど、発信元がよくわからないものは、大概、広告目的のページだ。

 会社でも特定の人から発せられている情報は偏りがある。関係がなければ知らない方がよい。愚痴であったり文句は流していく。

 不安を煽る話、お金を儲けよう、節約しようという話、きかないほうが考えなくてすむ。知って考えたところで何か変わるだろうか。知る方が悪い方向に行く気がする。

 最近、知ること、考えることがより不幸を呼び込んでいる気がしてならない。

朝ご飯を減らす。

 月曜日は疲れる。体重がいよいよ増えすぎて、閾値を超えた気がする。昨日から食べ過ぎなのか体が重い。胃のあたりも重い気がする。よって明日からの朝ごはんはお米をやめて軽く済ませることにする。しばらく朝ご飯だけ食事量を大きく減らすつもり。もともと朝ご飯はほとんど食べていなかったから元に戻るだけ。そのかわり昼ご飯と夕ご飯は、お米をしっかり食べようと思う。

お昼寝。

 今日は15000歩あるいた。午前はジムに行ったのでランニングマシンで30分以上は走ったのでもっと歩数は伸びているはず。でも昼寝をしていないためか疲れてしまった。なんだかネガティブな気分になっている。

 また明日から働かないといけないしこの先もまだまだ働くのかと思ったら憂鬱になった。働きたくないのだ。この憂鬱さは時間が過ぎると変動していくので気にしすぎないようにしているけど、でも嫌だなと思う。人によって憂鬱になるかどうかは何かの基準が違うのだろう。憂鬱にならずもっと体力もあって生きるのが楽ならいいのになと思う。体力と持続してやり続ける力が人より小さいのだ。

 体を動かしすぎて疲れてしまっているのと、お昼寝していないのが憂鬱さを呼び込んでるのかもしれない。自分にとって土日のお昼寝は必要かも。若いときには起きる時間が正午だった。人より睡眠時間がとても長いようだ。中高年になってさすがに正午まで寝ることはなくなったけど、休みの日にはいつもお昼寝をしてきた。中高年でもお昼寝をしているものなんだろうか。

気分転換。

 午後まで用事があり外出。帰ってきてから急に眠くなりお昼寝。今日は和菓子をたくさん食べてしまった。夕方に起きて夜にかけてジムにいって運動。血圧を測定すると上昇傾向になっている。体重が増えているからだなと思う。明日は午前からジムに行こう。

 ジムにいくと思うけど、複数の場所を持って気分転換するとよい気がする。

家でのだらだら、会社での仕事、ジムでの運動、電車でのラジオ、カフェでの読書、まだあるかな。

転職を断る。

 転職に誘われていて断ったけど詳細の内容をきいた。転職のメリットはまとめると

  • お金
  • ポジション
  • やりがい
  • 新しいことが身につく

だろうか。

 お金をたくさんもらうかわりに働く量とプレッシャーは高くなり人の管理が多くなる。そもそも、やりがいがあるとよいのだろうか。新しいことが身につくことはよいことだろうか。違う世界が広がるというけど、やはり昔から疑問に思うことばかり。

 やりがいがなくても給料がもらえるならそれでよい気がする。新しいことをやらないとこれから大変だとか、これからはもたないとかいわれるのだけど、本当だろうか。例えば新しいことをやっても廃れないといえるのだろうか。

 少し振り返るだけでもこの数年で仕事がなくなると信じて転職していった人たちがいる。でも数年経過しまったく異なる状況になり、いまは仕事がたくさんあって困っている。予想なんてあてにならないよなと思う。

 人は自らの経験からあーだ、こーだという。でも自分に当てはめた時、よいか悪いかは自分にしか分からない。

 まだ起きていない先の未来を予測して未来のために今を生きていくのは辛くないだろうか。

 会社という組織に没頭できる人、没頭できない人がいる。没頭できる人からの発信が世の中では強い、それは社会にとって都合が良いから、つまり資本主義ではお金をもうけるのが正しいとされているためだ。会社の組織に没頭できない人は異なる楽しみを待っている人が多いが表立つことは少ない。

 ある程度お金がもらえるならば、もう仕事で何か身につけようなんて思わずに繰り返しの仕事をしながら日常を楽しむ方が素敵だなと思う。未来に何か起ころうと起きた時に考えるようにして日々を楽しんだ方がよいんじゃないだろうか。

裏方で生きていたい。

 疲れて帰り早く寝た。早く寝ると早く目が覚める。

 早朝からラジオをきいている。早朝のラジオはトラックの運転手向けのものが多い。学生の頃、早朝に起きて勉強することが多くて、いつもラジオをきいていた。携帯電話はなく公衆電話からトラックドライバーが歌のリクエストをしてくる。多くの人が寝ているときの深夜、早朝のラジオがいまでも好きだ。ラジオはずっと続けている趣味だった。

 深夜働くのも好きだ。前にいた会社ではたまに深夜働くことがあって、早朝に帰ることや早朝に仕事に向かうことがあった。早朝に帰る時、朝焼けが綺麗だった。深夜は人がいなくて、昼間とはまったく違う都会。ビルの点滅する灯りと静かな暗闇。早朝に向かう時は始発電車にのっていた。早朝の電車にのっている人は満員電車に乗る人たちとは違う雰囲気がした。

 あぁニッチな場所で生きていたい。昼間の世界は、競争や承認されたい、お金を稼ぎたい人ばかりで疲れてしまうんだ。

 

働けばお金が必要になる。

 働く時間を増やして責任を増やすと給料が増える。働く時間を増やすためには通勤時間を減らすために会社の近くの都心に家を買ってお金が必要になる。周りは物価が高く支出するお金が増える。こどもは私立学校、受験のためにお金が必要になる。責任が増えると毎日の飲み会、懇親会、ゴルフの付き合いが増えてお金が必要になる。疲れが溜まればストレスを解消するためのお金が必要になる。働けば働くほどお金が必要になる。

体重増加。

 朝早くに目が覚めた。

 昨日ははやめに寝た。なんだか疲れている。肩こりがある。帰ってきてからごはんを食べて、甘いものが欲しくなりお菓子を食べてしまった。ますます体重が増えてしまう。体重が増えると動きが鈍くなりさらに食べてを繰り返し太っていく。悪循環で太る。規則正しい生活をしたいけど最近疲れているのかうまくいかない。

 休みは最低限の運動をしているからなのか風邪は引かなくなったのがよかったこと。でも毎年春ごろに体調が悪くなる。それまでに体重は落としておきたい。

ネットニュース。

 Yahooのようなネットニュースを暇だとみてしまうことがある。年収、仕事の待遇、投資、にまつわるお金の話がよくでてくる気がする。特に他人と比較する記事。これはスマホが普及してから以降のことだろうか。新聞には載っておらず、雑誌、週刊誌にのっていたようなことがネットニュースになり事件と混ざって目がつくようになったように思える。閲覧数を稼ぎ、広告収入を得る仕組みだから刺激を与えるものが多くなる。ネットニュースは見ない方がいいなと思う。