ぼんやり

通勤電車の中でかくブログだった。

分岐点で間違えないように。

あとで気づくことがある。あのカラクリは、こーだったのかと。分かれ道で行き先を決めなければならない時は、わからないことも多い。眼鏡のレンズが歪んでいることもあるし過去の経験に引っ張られ判断を誤ることもある。わからないことがあるという前提にたって考えることをしないと大きな落とし穴に落ちやすい。賛成だと思っても反対意見と中立意見を必ずきくことが大切だ。

現実を受け入れること。

また頭の中でぐるぐる考え事をしていた。あれをこーすると、こっちはできない、ではこっちをこーすると、あれができない。冷静になり全部は満たさないこと、それが現実なのだと思う。都合良いように解釈し、全部できるのだと思い込み、なにか手はあるのではと考え、疲れると最後には思考停止となる。現実を受け入れ、全部は得られないから、なにかを捨ててなにかを拾うしかないと決めた。

公平に接する。

疲れている時に人と話すと影響を受けて多少テンションが上がる。しらなくてもよいことを知るからだ。人は派閥を作りたがる。外向的なフリをしていた時には、飲みにいったり社交的だったけど、歳を重ねるにつれ誰とでも等距離にした方がストレスが減ることに気づき、いまでは特定の人だけ距離を近づけるようなことはしない。昔は多少仲良くなった方が仕事もやりやすくなりいいのだと思っていたけど、馴れ合いになってしまうことと、人によって対応が異なると信用がないようにみえてしまうのだ。飲み会のような機会も、どうしてもいかないといけない時はあるけれど、できるならば距離を置くようにしている。会社では誰にでも公平に接するように気をつけてやり過ごしている。

休みを取ることが長く働くコツ。

長く働きつづけるには、休みを取ることが大切。でも休みを取らない人が多い。休みを取ると、人からどう思われているのとか、いない間に仕事がなくなるとか、評価に響くとか、色々不安が浮かぶらしい。そして休みを取らずに疲労がたまりいつか耐えられなくなり悪循環になる。疲れたら休んで歩くのをやめればまた歩き出せる。人からよく思われたい、評価されたい、人に仕事を取られたくない、つまり欲深いから休めないのだ。

ニュースは知るべき?

テレビや新聞のニュースに昔から興味がない。社会人になった時、最新のニュースを見るべき、読むべきという圧力があった。仕方ないので新聞を少しだけとってみたことがある。でも興味がないからほとんど読まない。読むのは四コママンガと人生相談ぐらい。それでやめてしまった。ニュースを知ると何がよいのだろう。周りの人達と共通の話題ができたり、経営戦略が、とか?いまならヤフーのニュース欄をたまに見るけど、老後の不安や、お金の不安に関することが多い気がしており、不安を煽るための広告なのだなと思ってしまう。不安を煽るのはビジネスの基本だから。ニュースを知らなくても生活にはほとんど影響ないし、知らなくてもいいことを知るストレスのが高い気もする。社会に大きな影響がでており、さらに個人レベルにも影響がでるようなトピックだけ知る方法はないだろうか。あ、そんな事件は知ろうとしなくても自然に耳に入るから考えなくてもいいのか。どこそこの企業が、こんなことを、いや利益がとか、会社では教えてくれる人もたくさんいるけど、なるほどと言いながら演劇をし、実はまったく興味ないんだよなあと過ごす日々だ。

囚われている。

世の中は思っているより広く色々な生き方をしている人がいる。人が認識できる範囲は狭い。ある事件の時にそこにいた人たちが何をしていたかについて書いてある本を読んだ。興味をひかれたのは、たまたまそこにいた人たちが今まで何をやってきており、その時にどのようなことをやっていたか。読み進むと本当に人それぞれで全く違い、不思議な感覚にとらわれる。たまたまであったり、性格であったり、そもそも気にしていなかったり、とインタビューを読んで、あぁ自分は考えすぎていてどうしたら充実できるのだろうとか、楽しく生きられるのだろうとか、つまらないことから逃げたいとか、やりたいことは何か、に囚われているのだなと思うのだった。

内向的な人の掃除。

興味が内に向かう内向的な人間は、どうでもいいことで頭を使い続けてしまう。たまにブログに文章でかいているのは頭でぐるぐる考えていることを吐き出して軽くするためだ。ブログを続けられる人は内向的な人が多い感じがしている。吐き出すものが沸いてくるからだ。でも文書にするだけではまだ頭の中に残り続ける。そのようなときは、単純な作業で身体を動かすのがよい。一番良さそうなのは掃除だ。ひとりでできて達成感もあるし頭も使わないし、身体も動かすからすっきりする。ロボット掃除機とか、世の中は自動化が進み効率化で時間がとれるというけど、興味が外へ向かう外向的な人間にとってはそれでいいかもしれないが、内向的な人間にとっては自動化してはいけないものもあると思う。

合理性がないこと。

株価がニュースで話題になっている。一見合理性があるように見えて実はない。予想できるなんておこがましいこと。ここは悲観的で違う場所へ逃げる。でも逃げた先も良い話ばかりではない。よくみてると周りにそんな話はたくさんある。不合理を受け入れること、どうなろうとも受け入れると決めることが肝要だ。

噂を信じたマジメな転職者。

噂とマジメさが重なる時、思い込みが発生する。かつて在籍していた部署では仕事がなくなり縮小すると噂になっていた。マジメな人は噂を本気にして行動し転職していった。それからどうなった?仕事は増える一方。噂していた人たちはなにもわかっておらず、理想を語っていたのだ。中にいれば仕事がなくなるはずがないことは冷静になればみえていた。予想は予想でしかなく実際に行動する手前で一旦立ち止まる必要がある。あとは具体的な動きがでて仕事がなくなったときに考えてもいいのだ。

熱くならない性分。

会社へいくと、とても熱く語る人がいる。きいているとよくそんなことで熱くなるなあと思ってしまう。毎日の連続で、その時その時きりとれば思いもあるかもしれないけど、振り返ればどーでもいいことだし、仕事の代わりの人なんていくらでもいる。いつか会社を辞める時、会社の関係をゼロにして、毎日を生きていきたいと思う。

信用買いのマグマ。

株式市場が揺さぶられている。人間の欲望の綱引きがチャートに現れる。溜まりに溜まった欲望が、刈り取られるのだ。

長く仕事を続けるには。

これは自分しかできない、これはアピールできる、これはすごい仕事だ、これはの連続。わざわざいわなくても、しっかりとこなしていけば周りが自然に評価することが多い。もちろん、評価されない場合もある。それが世の中の不条理であるが、こだわってはいけない。長く仕事を続けるコツは、不条理があるとわかりながら、欲を出さないことだと思う。

転職していった人。

数年前に転職していった人のことをふとしたことで知ることとなった。いまでも、転職先の会社のことや、こーあるべきといった理想を語っている。人にいわなくてもいいのにと思う。なぜ、人に伝えているのだろう?人からどう思われているかを気にしているからだろうか。だれも気にしていないと思うのだけど。理想はひとにいうだけでなく、やればよいのに。

お金を見栄に使わない。

人からどうみられているか。高価な時計、高級スーツ、高級車にお金は使いたくない。高価なものを持つとメンテナンスの煩わしさもあわせて増えるからだ。何に使うか。辛い日のタクシー、経験したことのない体験と旅。煩わしさが増えないものに使うのだ。

周りが勝手に不安になり去っていく。

ただそこにいただけでいつのまにか、一番詳しくなっていたりする場面がある。一番詳しくなった人も周りがいなくなり不安になってどうしようかと思っている。人は当事者になると客観的に状況を捉えることは難しい。どこへいっても不安な状態は変わらないし客観的にみて悪い状況ではないと思うと伝えたら納得していた。安定を求めても不安定になることはあるし、不安定になっても安定することもあるので、心配しすぎないようにすることだ。