ぼんやり

通勤電車の中でかくブログ

会社でのスタンス。

 

たまに疲れてくるとできていないことがあるので、文字に起こしてみた。

 

人が困っていることを自分ができる範囲で解決します。

人の話を思い込みなしで謙虚に最後までよくききます。

感情的にならないように丁寧に話します。

他人の悪口をいいません。

 

 

生きやすさの度合いはたまたま。

 

1600年関ヶ原の戦い。400年前、戦いに勝つこと、体力あることが価値だったんだろうな。

 

いまは、どうだろう。

 

いまが戦国時代なら自分はあまちゃんだし、やっていけなかった気がする。たまたま生まれた時代と、もって生まれたものによって生きやすさが変わる。

 

人のことを優秀、優秀じゃないって決めつけない方がよいと思う。結局、たまたまなんだよね。

 

変わってなかった。

 

自分にとって楽なことをやる。

思い返せば昔から変わってないな。

ストレスがかからない仕事を。

 

周りはやりたくないけど、自分にとってはストレスがかからない仕事は、確実にある。見つけたらなにげに近づいてとっていく。

 

一ヶ月に数日だとしても、働く日々の中で、ストレスがあまりない仕事をやる時間に感謝を感じる。

 

あぁ、働ける日々の終わりへ1日1日向かってる。

 

 

 

 

リタイアブログを読んで。

 

いくつかリタイアブログを読んでいた。読み物として興味深いなあと思う。

 

よくある話だけど、会社員が嫌でリタイアできるか考えていた時期がある。

 

リタイアして何やるのかって考えてみると、本読んでゲームしてダラダラするんだろうな。あ、これはいまでもそうなのだった。

 

リタイアしてる人のブログを読んでいるうちに思い出したことがある。若い頃、一年程度なにもせず家からほぼでなかった、いまでいうひきこもりだろう。そのときに、なにもないっていうのは幸せと不幸せの境界は曖昧なんだなってこと。幸せなんだけど、不幸せ。

 

結局、いまも会社員で働いているのだけど、自分が思っている以上になんとかなっている気がする。

 

本当に会社員に向いていないっていう人の話をきいていると、周りと接触するだけで気分悪くなるとか、会社の方針が嫌だとか、あの人がどうだこうだ、次から次へあふれでてくる。

 

どうも自分は考え方がドライだからなのか、所詮、会社では演劇してるだけでは?労働力を提供することでお金と交換してるだけでは?会社とは契約関係で働いてるのだから個人と会社の方針なんて関係ないのでは?とかのように捉えているので、辛い辛いといってる人達とは話がなかなかかみ合わないというか、ただ共感を示しきいてるだけになる。これも演劇なのだけど。

 

あとは仕事があってまだ働ける状態だけどリタイアするという極端に生活を変えることは性にあわなさそうだ。

 

自分の志向として一気に極端な状態にするのではなく、まずは少しだけいまの延長上で試してみるというのがある。試してみるとまったく合わないというのがよくあったからだ。

 

会社員やりながら給料でやりたいことを少しやってみる、それでもそこそこ満足できるのである。会社の仕事は面倒なことのが圧倒的に多いけど、それがお金を手に入れる一番簡単な方法だと思うし、ほんのたまにだが面白いと感じることもあったりする。

 

完全な自由というのは、不自由で、つまりやりたいことが常に沸き出ていればよいのだけど、やりたいこともそんなにない自分には、受け身で何かが勝手に起こる環境、つまり会社なのだが、生活の一部としては大切な気がしてる。

 

生き方って同じものはないから、人の生活の一端をのぞけるブログは面白いなと思うし、正解もないことが分かる。

 

とりとめもなくかいてみた。

 

 

 

 

 

転職本。転職するしない?

転職の本をいくつか図書館で借りて流し読みしてる。転職する気はないけど。

 

やめよう、成長だという転職しよう派、やめるな、やれることやろうという転職進めない派、よく考えて必要ならそのままいるか、転職しよう派に分かれる。

 

人は望んでることが目に入りやすいので、転職したいと思っていれば、転職をすすめる本を見てしまうだろう。

 

転職を考えていなければそもそも転職の本は目に入らないから、必要ならば転職しようという本はだれの目にも入らない気がする。

 

何かやるときに本を読むのは色々な意見を知ることができる。偏らないように本を選択するとよいなと思う。

だらだら過ごす毎日。

 

若い頃にはやりたいと思ってることに近づいて、それが仕事になっていったけど、ある程度としをとってきた頃、飽きたので違う仕事についた。

 

そしていま、なぜか望んでないのにたまたま昔の仕事に戻っている。特にやりたいとも思わないし淡々とやっている。

 

 他人から見るとうまく処理できると思われており、まあ、それもよいかなと思ってこなし、対価として給料をもらって日々だらだらと過ごす毎日なんだ。

 

iPhone のオススメアプリ2選。

 

いまだによく分かっていないのでiPhone のアプリの本を図書館で借りてきた。でも、本が厚く、しかもたくさんありすぎて全く読んでない。パラパラとめくってみたけど、便利には思えないし。

 

 さて、自分は普段どのアプリを使っているのだろう?

 

No1はリマインダー。やりたいことを思いついたらリマインダーに登録。たまに確認して、あー、興味なくなったなあ、もうやらないなあ、で削除。ほとんど登録しただけで行動には移していないというスーパーなリマインダー。やりたいことはしばらくすると興味がなくなる法則を利用し、やりたいことの関連衝動買いを防ぐアプリだ。

 

No2は天気のアプリ。各地の天気が分かる。使い方は、旅行や出張に行ったときに地方を追加登録しておく。時間が経つにつれ北から南まで天気が一覧で分かるようになってくる。今日の沖縄は雨だけど、北海道は晴れていて気温も低いなあっていう行ったときの場所に思いを馳せるのに使っている。

 

単純なのがよいなって思うんです。

 

 

やめたいって話。

 

かなりの昔、一緒の担当だったことがある後輩が、仕事が合わない、嫌だといっていた。

 

やめれば?

 住宅ローンもあるし、やめたら収入なくなるからやめられない。

それなら我慢して働けば?

 仕事が合わない、嫌だ。

やめれば?

 

のループ。

 

たぶん、いまのなにもしない状態は、本人の希望通りなのだ。本人は気づいてないんだろうけど。

 

人は望むように生きている。

手段で満足。

 

やってみたいと思って、使えるようにしてみたり、ネットで調べてみたり。

 

やっているうちに調べるだけで満足してきた。目標があってやっていたのに、途中経過だけで満足。

 

目標と手段が入れ替わるって、よくある。趣味なら目標を達成しなくても自己満足できればいいんだよね。いつもは手段にさえとりかからないから。

忙しいと感情が揺れやすく。

 

淡々と冷静に。

 

感情が揺れると言葉にでてしまうのを自覚できる。

 

忙しい時こそ、一息ついてよく休もう。

新しいことはすごくない。

 

新しいこと、あまり知られていないことを調べて企画する仕事。

 

一見、新しいことというのは、すごいと思われる。

 

でも新しいからといって、よいものかは全く別で、ほとんどのものは、泡のように消えてゆく。

 

一時期の熱病で、冷めてしまうとなんだったのだろうという昔の思い出のように、冷めた感じが心地よい。

成し遂げるべきことが変わる日。

 

なにかを成し遂げるのに作業が100個必要とされる世界。

 

作業には知識、経験が必要である。熟達しなければできない。作業について議論し考えて効率をあげていく毎日である。作業に取り組んでる周りも同じような人たちで構成される。

 

作業効率によって、仕事ができるできないが決まり、分かってない、分かってるの掛け合い、愚痴の言い合い。

 

ある日、突然、成し遂げるべきことが変わり、作業そのものが不要となる。

 

狭い世界でやってきたこと、いままでなんだったのだろうかと思う。

 

なにかをやるときには、世界が一変する事態になるかもしれないと想いを馳せている。

他人に期待しないと思っていても。

 

他人に期待していないといつも思っている。でもほんの少しでも期待してたことが、あとから分かって自分に驚く。

 

期待していると期待が外れた場合、感情が乱れやすくなる。感情が乱れて気づく。

 

自分は他人に期待してたのか。