ぼんやり

通勤電車の中でかくブログだった。

アイスを食べた。

 暑いので歩いてスーパーにはいけない。だから遠くの大きなモールへは交通機関を利用。モールの中は涼しくて散歩ができる。帰ってきて確認すると1万歩近く歩いた。そして、アイスをたくさん買ってきたので、かなりの量を食べてしまった。暑い時に甘くて冷たいものをたくさん食べるのは快楽。休みも終わり明日からまた面倒な仕事だからまあいいか。少しずつ変えていこう。

不快な状態を治したい。

 人と比べて体調が悪いことが多い。どうしてなのか本を読んで思い当たる対策を一個ずつ試している。その一つが効果を発揮しそうである。諦めて慣れてしまって我慢してきたけど、粘り強く治したいと思うようになった。我慢できることは我慢できてしまうから不快でネガティブな状態を継続してしまう。だれも助けてはくれない、自らが主張して行動するしかない。その気力がなくなっていた。できる限り不快でネガティブな状態を排除できるようにしたい。

一人で探して考える。

 夏休みである。金曜から土曜、日曜と三連休。疲れている時には金曜を休みにして三連休にするのを二週作ると回復すると本にあった。

 たまに会社関係の人から連絡が来る。単なる愚痴である。愚痴をきいていても何も変わらないし消耗するので、できるだけ簡潔に対応するようにしている。こちらもメンタルがネガティブになると誰かに愚痴りたくなることもあるので、おあいこだし、あまり突き放さないようにしている。ただ少しずつ少しずつ距離を離していく。家族以外で長く付き合い続ける人はかなり少ないのだ。会社を変えたり住む場所を変えたり、その度に置いていく。

 いまはネガティブにならないようなコントロール方法はないか、誰にも言わず一人で探して考えて試している。身の回りの整理と体調を優先している。

経緯を作って属人化する。

 また仕事がかなり増えつつある。文句を言いたいところだけど、冷静に考えれば、経緯を作るにはチャンスなのである。今の仕事は、スキルや経験も大切なのだけど、経緯を知っていることがより大切なのだ。このことは定年していったおじいちゃんが身をもって教えてくれたのである。長く同じ場所で働いていたおじいちゃんは、癖が強く周りから疎んじられていた。たまたま自分は偏見を持たないせいか、怒られても話をききにいっていたところ、過去の経緯を教えてくれるようになり資料やノウハウを伝授されたのだ。そのあとおじいちゃんは引退してしまったため自分よりも長くいる他の人が知らないことも自分は知っているのである。

 たくさんの仕事がある時、困難な仕事は、拒絶する方が楽なのだけど、それは甘えなのかもしれない。拒絶してもクビにはならないだろう、他の人がやってくれるだろう。そんなことをしていると、別のチームが仕事をとる、ひとが補強される、そして属人化は阻まれる。

 ギリギリのバランスを見極め、属人化させていく、それには拒絶ベースではなく、前向きなフリをしながらのコントロールが必要なのではないかと考えている。日々の仕事は未来への経緯作りである。標準化を考慮していると思わせながら、できる限りブラックボックスを増やし属人化を推進するのがサラリーマンにとって有利になるのだ。

休みの人が多い。

 お昼休み、きょうは夏休みにしている人が多い。三連休の後、体調がよくない。理由を考えてみると、

  • スマホの見過ぎ
  • 暑いのに体力が追いついていない

だ。スマホを見ないようにしようと思っていたけど、三連休でゴロゴロしながらかなりの時間、見てしまった。経験から、スマホの小さな画面を長時間、至近距離を見てピントを合わせていると眼精疲労になって、身体全体に問題を引き起こしメンタルまでネガティブな感じになる。といいつつ、いまもスマホで書いている。今日の夜からスマホをさわらないで、目に優しいkindle端末で本を読もうと思う。

 

本を売りに行った。

 今日も暑かった。夜熱が冷めないのが辛い。毎年、お盆を過ぎると空気も変わってくるように感じるのでもう少しだ。

  本を片付けして売りに行こうと思い立ったので漫画や本を袋に詰め込みお店にいった。簡単に査定がでてお金と引き換え。持ちきれなかった本がまだあるので徐々に整理をしていくつもり。今後は、本を図書館で借りるか、電子書籍のみで買うことにする。

 いままで、片付けたり買ってを繰り返して何度目だろう。近年の断捨離や片付けが流行する以前から片付け論はあってたまに関連する本を読んで影響を受けて整理をしたりしなかったりを繰り返してきた。社会人になりたての頃、独身寮の同僚が部屋に来た時に、部屋がゴミだらけで足の踏み場がなく驚かれたことがある。それまで自覚していなかったのだけど、人の部屋と比べて自分はかなりのだらしなさがあったのだった。それから引っ越しするたびにゴミを整理してかなりスリムな状態になったけど、もう何年も引っ越しをしていないからか、モノがまた大量にあるのだった。一気に片付けはできないので休みの時に少しずつ片付けていく。休みは片付け、整理することにしていると、体を動かすやることが出来ていいのではないかなと思う。

生活に影響を与えず刺激を得るには。

 どのような状態がそれなりに満足できる生活なのかを知りたい。中年になり衝動的に行動した人はそれなりにいて、その後の状態もたまたま知ることがある。

 リストラ、ブラック環境、病気、変わらざるを得ない場面が来た時には具体的な行動が必要になる。それに比較して不満、比較、プライド、新たな刺激、のようなことには、行動せず流していくほうがよさそうである。生活を変えるような大きな影響を与える決断は軽くしないようにする。ただ毎日を維持していくことはとても難しい。繰り返しだけでは刺激を追ってしまうからだ。

 生活に影響が出ないように刺激を自分に与え、満足感を得るにはどうすれば良いか、という視点を持っておきたい。

  • 身の回りを整理整頓する。
  • 持ち物を減らす。
  • 運動をする。

というのは、生活に大きな影響を与えず刺激を得られる点で優れている。あとはこのように駄文をかくのもよいのではないかと思う。頭の中でぐるぐるした時に吐き出して軽くしている。同じようなことを定期的に考えているんだなと思う。

刺激を求め続ける。

 生活は繰り返し。仕事はやりたくない。中年クライシス的なものか、維持ではなくて刺激を求めている。ただ何をしても刺激はなくなっていき繰り返しになる。年を積み重ねると分かってしまうのだ、刺激を求めても繰り返しになると。生涯刺激の繰り返しによって満足していけるのは一部の才能を持った人たちではないか。刺激が欲しいと思っている時は、安定し幸せな状態にある。理性では理解できているけど求めてしまう、新たな刺激を。

 些細なことは忘れてしまいたい。まず身の回りを整理整頓して考えすぎる癖を変えたい。持ち物を減らして、運動をして痩せたい。なにも考えずちゃらんぽらんに生きたいという欲望がある。

スロージョギングした日。

 早朝目が覚めて、そのままもう一度寝て起きたら10時。クーラーのタイマーが切れて暑くて気分が悪くすぐにお茶をたくさん飲んだ。熱中症になりかけていたようだった。クーラーのタイマーをセットするのはもうやめようと思う。テレビを見続けて夕方から掃除、ゴミがたくさんでた。その後、ジョギングに行こうと考え、でも面倒くさい、どうしようかなとしばらく考えていた。結局、少しでもやろうと思い外に出た。ジョギングといっても歩くスピードと同じようなスロージョギング。

 だらだら走りながら、少しでもやるということが今までの人生に欠けていたよなと思う。いつも逃げ出して何もやらず口ばかりだった。すこしでも何かやってみようと帰ってきた。興味ある仕事はあるけど求人をみたら給料がかなり安くなりそうだった。現実というのはシビアなのだった。

お昼寝した。

 朝、二度寝して遅く起きて、録画していた番組をみたあと、スーパーまで歩いた。かなりの暑さ。帰りはさすがに歩かなかった。帰ってきてから本を読もうと横になったら急に眠くなりお昼寝。起きたら夕方。夕方、散歩にでて日が暮れる薄暗い中、歩いて家に戻る。ご飯を食べてからテレビをみてスマホをさわりながらネットをみた。いつもながらの非生産的な休み。

 今日は二度寝した上にお昼寝も長かった。そういえば、最近、帰りの電車でも爆睡することがある。寝不足なのだろうか。寝不足はネガティブな不安を呼ぶのでよく寝られるようにしないとなと思う。

不安と責任。

早朝に起きてから2度寝して起きた。寝床でだらだらしている。また転職したいという気持ちが出ている。でも転職すると仕事の時間が増えてしまいそうだ。いまは嫌なことがあるけど休めるし時期によるけど多くの残業はない。なぜまた転職したくなったのだろう。それは自分で不安を引き起こし気持ちまてネガティブになっているからだ。今年になって多くの問題が発生しようやく落ち着いたのが最近。繰り返すことにならないように、1年を単位にして、いつ何をやる必要があるか、時期によって重なりすぎないように前倒しできるものはないか、考えていた。その考えている中で、あぁまたこれは問題が起こりそうだなとか、対策しようがないよなとか、思い出したから、嫌な気分や不安が引き起こされたのだ。そのときにやればいいやとは思っているけど一旦不安になると考えてしまう。もう少し考えを進めて、もしうまくいかなくても、会社へいかずサボればいいやとか、逃げ出してしまえばいいか、とか。結局、不安というよりも、責任感みたいなもので自分を縛ってるだけだ。やれることだけやって、だめなら、そのままやらずに病気だといって長期、休んでしまおうと思った。

同じようなことで悩む。

 早朝目が覚めた。自己アピール的なものをやってしまったことに後悔している。面倒を避けるため無難にしていたのにも関わらず昔やっていたことが生きてしまったことから少し目立ってしまう可能性がある。ただこれも自己を高く評価しているだけで何も起こらないかもしれない。感情の揺れは、面倒を引き込むことが多い。記録に残していくと分かるけど、いつも似たようなことを繰り返して、後悔をしている。同じことで悩んでいる。考え方の癖のようなものがある。

新人だった人との関係。

 昔のこと、新人時代の上司から、異動した後も連絡があり飲みに行こうと誘われたり、かなりの時間が経過してからも、電話がたまにあった。転勤で離れていたのと、忙しすぎて飲みにいくのは断っていた。でも正直、面倒くさかったのだ。

 自分も新人を育てたことがある。その新人が異動して、数年間は相談があるといわれたときだけ飲みにいったことがあったけど、自分から連絡を取ることはなかった。もちろんいまでは連絡はない。自分の時のことを考えると過去、上司だったということだけで連絡するのは、気を遣わせるのではと思うし、申し出があれば会うかもしれないけど、自ら働きかけはしない方がよいなといまでも思う。

夏の昼休み。

 昼休み。外にいてベンチで休んでいる。デスクワークばかりなので冷房がききすぎていて身体が芯から冷えてしまう。外は猛暑だけどあたたまるには丁度良い。

 しばらく人との交流は絶っている。スマホのせいで連絡が容易になってどうでもよいことに時間を使ってしまうからだ。自分の中で考え熟成させたい。しばらくは何もせず滞留を自分の中で決めている。

諦めの境地。

 帰りの電車で座れた。そしてあっという間に爆睡。降りる駅で気づいてギリギリ降りた。夜しっかり眠れていないようだ。周りは夏休みになってなんだかゆるい空気になっているのに、なぜだか仕事が増えている。仕事が増えてくると、こーなると、あーなってと先のことを考えすぎてとても嫌な気分になってくる。ネガティブになるのは寝不足と疲れの影響もあるのだろうか。

 この調子だとさらに属人化していきそうで、これがいいことなのか悪いことなのか、よく分からなくなっている。その人しかできないなんて仕事は、ないと思っているのだけど、もし引き継ぐとしても後任の人はかなり苦労すると思う。この数年は、経緯が分からないものを、パズルのように推定し、断片的な情報から組み立ててきた。大枠が分かったころにさらに混乱がありかき混ぜられた状態となってしまった。どのようにかき混ぜられたかはそこにいないと分からない。さらには病気になって不在となった人、定年退職した人、パートナー会社の人、関係していた人が変わってしまいたまたまそこにいた自分だけが最後まで残っている。なんだか諦めの境地に達しつつあって、あれもこれもできてないと思うけど、まあ、いいやとなっている。