ぼんやり

通勤電車の中でかくブログだった。

創造より地味が好み。

新しいことに取り組むよりも日常の延長を少しづつ変えていくほうが好みだ。年を取ってから自覚的になったけど、若い頃は新しいものが好みと思い込んでいた気がする。新しいものは知っている人が少ないということでありなんとなく、周りからすごそうと思われるという思い込み。創造という作業から、いまあるものをこなしていく作業へ。創造は苦しい。でも苦しいことをやらなくても生きていける。いま思えば若い頃から保守的なのが好みだったのだ。